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名古屋地方裁判所 昭和51年(行ウ)45号 判決

名古屋市昭和区石仏町一丁目二五番地

原告

柴田幹夫

右訴訟代理人弁護士

恒川雅光

外一名

名古屋市瑞穂区西藤塚

被告

昭和税務署長 井原光雄

右指定代理人

高崎武義

外四名

主文

原告の請求をいずれも棄却する。

訴訟費用は原告の負担とする。

事実

第一申立

(原告)

被告が原告に対し原告の昭和四八年分所得税につき昭和四九年七月五日付でなした更正処分及び過少申告加算税賦課決定処分を取消す。

訴訟費用は被告の負担とする。

との判決を求めた。

(被告)

主文と同旨の判決を求めた。

第二主張

(原告)

請求原因

一  原告は、土木工事の請負を業とする者であるが、昭和四八年分の所得税につき法定期限内に別表(一)の「確定申告額」欄記載のとおり確定申告をした。

二  被告は、原告に対し昭和四九年七月五日付で別表(一)の「更正及び賦課決定額」欄記載のとおり更正処分及び過少申告加算税賦課決定処分(以下、これらを「本件処分」という。)をした。

三  しかし、本件処分は違法であるから、その取消しを求める。

(被告)

請求原因に対する認否

請求原因一、二の事実は認める。

本件処分の適法性

一  被告は、原告から提出された昭和四八年分の確定申告書記載の事業所得金額等について調査したところ、所得税法一二〇条一項一一号により記載すべき所得金額の計算の基礎となる事項に関する記載がなく、しかも収支計算書の添付もなかつたこと及び原告の事業規模に照らして過少な申告と認められたので、昭和四九年四月頃から被告の所属係員を原告方に赴かせ、実地に調査を行なわせた。

右係員は、原告に対し、昭和四八年分の確定申告が前記のとおり過少な申告と認められたのでその申告内容等の確認に来た旨調査の理由を告知したうえ、その申告所得金額計算の根拠たる営業に関する帳簿書類等の提示を求めた。ところが、原告は、昭和四八年当時の営業概況等について若干の説明及び申立てをなしたのみで、「帳簿書類等は一切ない。昭和四八年分の確定申告額一五〇万円は民商の人にだいたいの仕事の内容を話して決めてもらつた。」と申し述べ、右係員に当該帳簿書類等を提示しなかつた。

しかしながら、原告の右申立事項等によつては、原告の昭和四八年分の所得金額を正確に把握できなかつたため、被告は、やむを得ず、原告の取引金融機関における預金の入出金の状況、原告の取引先を調査し、その調査結果及び原告の前記申立事項等に基づき、推計により原告の昭和四八年分の事業所得金額を算定し、国税通則法二四条、六五条、三二条により別表(一)の「更正及び賦課決定額」欄記載のとおり本件処分をなしたものである。

二  原告の昭和四八年分の総所得金額(事業所得金額)の計算根拠は次のとおりである。

1 収入金額二三、一六七、七三〇円

原告の取引先である加藤建設工業株式会社につき二一、五九五、七三〇円、井上工業株式会社名古屋支店につき一、五七二、〇〇〇円の合計額であり、実額により算定した。

2 算出所得率二一・四九%

被告は、原告の事業所を管轄する昭和税務署管内及びその他の名古屋市内各税務署管内において原告と同種の事業を営む青色申告の個人事業者で次に掲げる選定基準に該当する者の課税事績を基礎に別表(二)記載のとおり右同業者の平均所得率二一・四九%を算出し、これを原告の昭和四八年分の算出所得率とみなした。

なお、右平均算出所得率とは右同業者の算出所得金額を収入金額で除した割合の平均値を、右算出所得金額とは収入金額から工事原価及び一般経費を控除した金額を、右工事原価とは仕入金額(原材料費)、労務費(給料賃金、福利厚生費及び青色事業専従者給与中男子分)、外注工賃、建物以外の減価償却費及びその他の工事経費(建物の減価償却費を除く。)を、右一般経費とは必要経費(青色申告者の特典にかかるもの及び租税特別措置法にかかるものを除く。)から工事原価、建物の減価償却費、利子割引料、地代家賃、税理士等の報酬及びその他収入金額(売上金額)に対応しない特別な経費を控除した経費を、それぞれいう。

選定基準

土木工事業を営む個人事業者で昭和四八年分の所得税を所得税法一四三条(青色申告)による青色申告書により提出している者で、次の各号に該当しない者

(1) 昭和四八年分の中途において開廃業、転業又は業態を変更した者

(2) 更正又は決定処分が行なわれた者のうち、国税通則法に基づく不服申立期間又は出訴期間を経過していない者及び不服申立又は訴訟中の者

(3) 小規模事業者で、帳簿組織が簡易な記録方法(現金主義)によつている者(所得税法六七条の二該当者)

(4) 延払基準(所得税法六六条)又は工事進行基準(同法六七条)の方法により経理している者

(5) 土木工事業以外の業種目を兼業している者

(6) 昭和四八年分の収入金額が一、一五八万円未満の者

(7) 昭和四八年分の収入金額が四、六三三万円を超える者

(8) 昭和四八年分の仕入金額(原材料費)が収入金額の一〇%を超える者

3 算出所得金額四、九七八、七四五円

前記1の収入金額に前記2の算出所得率を乗じた金額である。

4 特別経費七一、二〇〇円

原告は、本件係争中、名古屋市昭和区明月町三丁目二六番地所在の自動車駐車場を訴外大久保雪男より賃借していた事実が認められたので、その支払駐車料を次のとおり実額で算定した。

一月~ 五月分 一八、〇〇〇円(一か月当り三、六〇〇円)

六月~一二月分 五三、二〇〇円(一か月当り七、六〇〇円)

5 事業所得金額四、九〇七、五四五円

前記3の算出所得金額から右特別経費を控除した金額である。

従つて、右金額の範囲内たる四、一六三、〇〇〇円を事業所得金額としてなされている本件処分は適法である。

(原告)

一  本件処分における手続について

税務調査の事前通知については、「税務運営方針」には事前通知の励行に努める旨明記されているにもかかわらず、被告は、右事前通知をするか否かは税務職員の裁量に委ねられているという立場をとり、しかも、本件の場合、右裁量には合理性がないのであるから、処分手続に違法がある。

原告は調査担当員に対し、取引先の氏名、経費等について口頭説明をしたが、被告は何ら調査をすることなく、右口頭説明のみを根拠に本件処分を行なつたのであるから、この点においても本件処分の手続に違法がある。

二  工事原価のうち労務費の算定について

工事原価のうち労務費については、原告は、被告に提示したとおり一、三三四万四、八〇〇円を支払つている。原告の帳簿類に不備はあつたが、原告は調査担当員に対し、人夫台帳、名簿を提示し、又、不明確と思われる労務者についてはその住所まで案内するから確認してほしい旨要請したのに、調査担当者はこれに応じなかつたものである。

第三証拠

(原告)

証人杉原保教の証言を援用し、乙号各証の成立は不知と述べた。

(被告)

乙第一号証、第二号証の一ないし九、第三号証、第四、五号証の各一・二、第六号証を提出し、証人藤塚清治、同坂下政宜の各証言を援用した。

理由

一  請求原因一、二の事実は当事者間に争いがない。

二  原告は、本件処分が違法であると主張するところ、本件処分については推計により原告の所得金額が算定されているので、まずその必要性を検討する。

証人坂下政宜の証言及び弁論の全趣旨によれば被告の主張「本件処分の適法性」一に記載の事実を認めることができる。この認定事実によれば、被告所属係員の調査に当り、原告から帳簿書類等の提出がなく、原告の申立事項等のみによつては原告の所得金額を正確に把握することができなかつたのであるから、被告が本件処分をなすに当り推計の方法を用いて原告の所得金額を算定したことは適法というべきである。

原告は、労務費につき人夫台帳、名簿を被告に提示するなどした、と主張するが、証人坂下政宜、同杉原保教の証言によれば、原告が右書類を提示したのは本件処分に対する不服申立をした段階に至つてからのことであり、本件処分をなすための調査の段階においては全く提示していないことが認められるから、この点に関する原告の主張は採用し難い。

三  つぎに、原告は、本件処分の調査においては事前通知を怠つた点に違法があると主張するけれども、更正処分のための調査を事前に通知することは法律上の要件ではないし(国税通則法二四条)、調査の方法及びその程度は権限を有する税務職員の裁量に委ねられている事項であり、前記認定事実(被告の主張「本件処分の適法性」一の事実)によれば、被告の調査手続にその裁量を越えたり、濫用があつたと認むべきところは存しないのであるから、原告のこの主張もまた失当である。

四  そこで、本件処分の算定内容について検討するに、証人藤塚清治の証言とこれによつて成立を認める乙第三号証、証人坂下政宜の証言とこれによつて成立を認める乙第四号証の一によれば、原告の昭和四八年分の収入金額は、原告が「柴田組」の名称で営む土木工事請負業の売上金額二三、一六七、七三〇円であることが認められる。

被告はこの収入金額につき、同業者の平均所得率を算出の上、これを乗じて原告の所得金額を推計しているので、この推計の合理性について検討するに、証人藤塚清治の証言とこれにより真正に成立したものと認められる乙第一号証、第二号証の一ないし九、弁論の全趣旨により真正に成立したものと認められる乙第六号証によれば、この推計は、被告が主張する方法により同業者の平均所得率を算出したもので、その数値は二一・四九%となることが認められ、右推計の方法はその算定式、選定基準、資料抽出等において合理的なものと認め得る。

そうすれば、前記収入金額に右平均所得率を乗じて得られる算出所得金額は四、九七八、七四五円となるところ、証人藤塚清治の証言とこれによつて成立を認める乙第五号証の一によれば、原告は昭和四八年中に事業用の駐車料として七一、二〇〇円を支払つていることが認められ、これは事業所得金額の計算上右算出所得金額から控除さるべき特別経費に該当するものであるから、これを控除した後の原告の前記土木工事請負業に伴う事業所得金額は四、九〇七、五四五円となる。

原告は、労務費として一三、三四四、八〇〇円を支出したと主張するけれども、その事実を認めるに足る証拠はない。

そうすれば、本件処分は、右金額の範囲である四、一六三、〇〇〇円を事業所得金額として算定されているものであり、この年分の譲渡損失が一九〇、〇一〇円であることは被告の自認するところで、所得控除金額が七七九、七八〇円であることは原告の申告額と同額で原告は明らかに争わないところであるから、適法である。

五  よつて、原告の本訴請求はいずれも理由がないからこれを棄却することとし、訴訟費用の負担については民事訴訟法八九条を適用して主文のとおり判決した。

(裁判長 裁判官 藤井俊彦 裁判官 浜崎浩一 裁判官 山川悦男)

別表(一)

課税処分表

別表(二)

土木工事業者の平均算出所得率計算表

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